にわかの意味とは?にわかの使い方や語源、定義についてもご紹介!

言葉

あなたはにわかという言葉を聞いたことがありますか?

にわかというのは一般的には、物事が急に起こることという意味で使われる言葉ですね。

にわか雨という言葉はあなたも一度くらいは聞いたことがあると思います。

一時的に急に降って、すぐ止む雨のことをにわか雨と言いますね。

にわか雨と似た言葉には夕立がありますが、夏なんかにはよく急に雨が降ることがあります。

ところで、若者がよく使うにわかという言葉は少し意味が違っているのをご存知でしょうか。

よく、「あいつはにわかだから」とか「にわかの癖に」とか言っている人がいますが、これはいわばスラングのようなもので、ネットから派生して最近は若者言葉として定着しつつある言葉なんです。

最近よく使われている言葉なのですが、意味を正しく理解してる人は案外少ないかもしれません。

あまり良い意味で使われる言葉ではありませんが、とても使い勝手が良い言葉なので覚えておいて損はないでしょう。

そこで、今回はにわかというの意味や使い方を詳しくご紹介します!

にわかの意味

にわかというのは急にファンになった人のこと、または一時的にファンになった人のことを言います。

よくにわかファンなどと言いますが、それまで全く無関心だったのに、急に流行に乗ってファンになった人のことをにわかと呼ぶんですね。

例えばドラマやバラエティなどがきっかけとなって知名度が急上昇してからファンになったような人は、昔からファンだった人から見ればただ流行りに乗っただけの中途半端なファンという認識になります。

そしてそういうファンが「○○ってめっちゃ良いよね~」などと分かったようなことを話していると、古参ファンにとっては「にわかの癖に!」と思ってしまうのが本音なのです。

にわかファンは最近ファンになったような新参ですので、知識はあまりないことが多いです。

例えば古参の間では常識となっているような知識も、にわかファンは知りませんので、同じファン同士でもあまり深く語り合うことはできません。

なので古参とにわかファンは同じものが好きでも基本的に仲良くなることはないのです。

むしろ古参はにわかファンが付け焼刃の知識を披露しているのを見て、「所詮にわかだな」と小馬鹿にしたり、にわかファンのことを本当のファンとは認めていないことも多いです。

にわかに対して使う言葉「にわか乙」

にわかはその知識の浅さから、古参からすればあまりに的外れなことを言ったり、間違った知識を披露することも多いです。

しかし知識が少なくても、ファンであれば知っていることをついつい話したくなるものです。

そしてにわかはさも古参であるかのように、間違った知識を堂々と披露します。

そんなにわかに対して使われるのが「にわか乙」という言葉。

これはにわかの中途半端な知識や勘違いを批判する言葉で、知識がないのに知ったかぶりで語っていてしかもその知識が間違ってる場合に使います。

古参はにわかが知ってる風に語っているのを見るのが大嫌いです。

自分の方が本当のファンだと信じて疑わないので、にわかの半端な知識に対しては厳しく指摘します。

また、明らかに知識の浅いファンに対しても「にわか乙」という言葉が使われます。

例えばアニメやゲームのオタクというのは膨大な知識を持っているので、そのファンがにわかかどうかをすぐに判別することができます。

具体的な例を挙げると、以前ガンダムのファンであるというアイドルがテレビに出演した際、堂々と浅い知識を披露したため、本物のガンダムオタクに「にわか乙」と叩かれて炎上しました。

このように付け焼刃の知識で語っても古参にはすぐにバレてしまうのです。

もちろんにわかだからと言って安易に馬鹿にするのもいかがなことかとは思いますが、古参とにわかでは知識量だけじゃなく好きなものに対する情熱も全く違うので、愛が深い分、半端者を見ると叩きたくなってしまうのでしょう。

にわかの使い方

にわかの意味が分かったら、具体的にどんな風に使うのか見ていきましょう!

にわかというのは急にファンになった人を小馬鹿にするときにも使いますが、自分のことをにわかだと自称することもあります。

使い方としては、他人に対して使うときは「にわかは黙ってろ」「にわかの癖に古参面しないで」という風に使います。

自虐的に使うときは、「にわかがバレる」「にわかだから全然知識ない」という風に使います。

とても使いやすい言葉ですので、機会があれば使ってみるのも良いかもしれませんね!

にわかと似ている言葉

にわかという言葉の意味に関して解説してきましたが、にわかにはいくつか似たような言葉が存在しています。

ここからは、にわかの類語について見ていきましょう。

新参

新参というのは新入りという意味で、古参の反対語として使われる言葉です。

最初から古参だった人は存在しませんので、誰でも最初は新参だったことになります。

ただ、その新参がちょっと知識をつけて語るようになってくるとにわかだと揶揄されるようになります。

最近は新参なのにやたらと出しゃばる人が増えていて、そういう人には古参からにわかの烙印が押されることになります。

新参であることをしっかりとわきまえていれば、「にわか乙」などと批判されることもなくなることでしょう。

知ったか

知ったかとは知ったかぶりと同じ意味の言葉です。

大して知らないのにさも詳しいかのように語っている人のことを指します。

にわかの中には知識が少ないにも関わらず語りたがる人も多いため、最近はにわか=知ったかという認識になりつつあります。

本来の意味としては、にわか=詳しくないこと、知ったか=知らないのにさも知っているように話す、という意味で、にわかとは違う意味でした。

現在はにわかと言えば知ったかの意味が含まれている場合も多いです。

ミーハー

ミーハーは流行しているものにすぐに飛び乗る人を指す言葉です。

語源は昭和初期に流行った言葉「みいちゃんはあちゃん」から来ています。

昔はみよちゃんやはなちゃんなど、頭に「み」や「は」を付けた名前が多かったので、流行に乗ることをミーハーと呼ぶようになったのです。

例えば普段サッカーを見ないのに、ワールドカップになると急にサッカーで盛り上がるような人はミーハーと呼ばれます。

フィギュアスケートに詳しくないのに羽生結弦に夢中になったり、将棋のルールも知らないのに藤井聡太のファンになるのもミーハーと呼ばれる人達です。

彼らはブームや流行というものにとにかく敏感で、浅く広く色々な流行物に手をつけています。

そして同じミーハーな人達と盛り上がり、ブームが去ったら今度はまた違うブームに乗っかるのです。

ミーハーはとにかく軽い連中が多いですが、にわかと違う点は、さも自分が古参であるように振舞うことはない、という点です。

とりあえずノリでハマっていたり応援しているだけなので、これから詳しくなろうという気は毛ほどもないのです。

大して詳しくない点ではにわかもミーハーも同じなのですが、ミーハーは世の中に流されやすく何でも好きになりやすいという特徴があります。

にわかの見分け方

その人がにわかを見分ける方法はいくつかあります。

にわかにはにわかならではの特徴があるので、案外簡単に見分けることができますよ!

ここからにわかの見分け方を見ていきましょう。

知識が少ない

にわかはやたらと語りたがるわりには、大して深い知識を持ち合わせていないことが多いです。

なのでちょっとでも詳しいことを聞かれると全く答えることができません。

例えばにわかオタクに好きなアニメを聞くと、大抵はラブライブとかけいおんとか流行アニメばかり列挙します。

そしてそのラブライブやけいおんに関しても、曲名を全然知らなかったり映画は見てなかったりと実は大して詳しくなかったりします。

その癖、ワンピースなどを見ている人を見下しています。

にわかではない本当のファンは、好きなものに関して妥協せずにトコトン突き詰めようとします。

なので知識量が半端なく豊富ですし、ペラペラと知ったかぶりすることもありません。

にわかは新参に毛が生えた程度の知識ないにも関わらず、やたらと知ってるアピールするところが滑稽に見えることも多いのです。

顔しか好きなところがない

アイドルが好きな人にどこが好きなのか聞いて、「顔が好き」と答える人はにわかの可能性大です。

いわゆる顔ファンと呼ばれている人ですが、顔ファンはその人の顔以外には興味がないので実は大して詳しくないことも多いのです。

なのでその人の性格であったり、過去の出演ドラマや歌っている曲に関してほとんど知らないといったことが起こるのです。

本当のファンは顔だけではなくその人の全てに惹かれているわけで、その人の性格や趣味はもちろん、飼っているペットや好きなタイプまで詳しく語ることができます。

なのでただの顔ファンは本当のファンから見ればただのにわかと言わざるをえないのです。

また、アイドルに限らずスポーツに関しても顔ファンというものが存在しています。

例えばサッカーで言えば内田や本田が好きな人は大半が顔ファンであり、サッカーが純粋に好きなわけではありません。

本当にサッカーが好きなサポーターから見ればただのアイドル好きと変わらない存在です。

もちろん試合内容やプレーには興味がなく、試合後も「○○がめっちゃイケメンだった!」というような感想しかありません。

なのでサッカーの試合を見ているというよりは、ただイケメンな選手の顔を見ているだけなのです。

ファンになってもすぐ飽きる

にわかというのは意外に飽き性なので、仮にファンになっても一年ともたずに飽きて次にハマれるものを探していることも多いです。

惚れっぽくてすぐに好きになってしまうので同時に複数の人のファンになっていることもしばしば。

熱狂したものに関して一時的に熱く語ったり知識自慢をしますが、その熱が冷めるのも早いです。

要は熱しやすくて冷めやすい人だということです。

にわかが何故にわかなのかと言えば、一つのものを追求することなく好きなものをコロコロ変えるからです。

なので趣味は幅広いのですが深い知識は一切持ち合わせていないのです。

最初こそ熱狂してハマるのですが、ファン歴が長くなる前にどうしても飽きてしまうのがにわかのにわかたる所以です。

にわかの定義

どこからどこまでがにわかなのか?にわかの定義について知りたい人も多いことでしょう。

まず、にわかは「流行りだしてから興味を持った人」だと言えます。

例えばラグビーで言えば五郎丸が話題になったあとでファンになった人は全員にわかファンだということです。

五郎丸が話題になるまであそこまでラグビーが注目されたことがあったでしょうか?

あれだけ注目されればイヤでもファンは急増します。

その急激に増えたファンというのをにわかと定義することができますね。

また、ドヤ顔で知識をひけらかしたり古参ぶる人もにわか認定されますので気をつけてください。

古参から見ればにわかというのは一発でバレるので、語れば語るほどボロが出ます。

そしてにわかはファンであることがステータスであると勘違いしていたり、ファッション感覚でファンになっていることも多いです。

その浅い感じが古参ファンに嫌われる理由でもあります。

にわかがうざい理由

にわかは古参からうざられることが多いです。

そしてそれはにわかが嫌われる行動を無意識に取っていることが原因なのです。

詳しく知らないのに他人に浅い知識で講釈を垂れたり、マナーやローカルルールを守らないのがにわかの特徴です。

そうした行動のせいで古参ファンのイメージまで悪くなることすらあるのです。

例を挙げると、最近撮り鉄と呼ばれる人が増えているのですが、その中には線路内に入ったり電車を止める迷惑行為を働く人もいます。

これはにわか鉄と呼ばれるにわかの鉄道ファンであり、にわかのマナーが悪いと言われるのはこういう自分勝手な人達が原因です。

そもそもにわかが増えてくればこのようなマナーの悪い人が一定数出てくるのは当然のことです。

ファンが増えれば増えるほど、民度というのは低下していくものなのです。

W杯でサッカーが盛り上がっていたときも、渋谷に集まって騒いでいた人達がいましたが、あれもにわかが増えすぎたせいであのような事態になってしまったのです。

にわかというのは新参のくせに出しゃばるからうざいのです。

YouubeのMVのコメント欄で、曲の良さを語るのではなく「○○イケメンすぎ!」と書く顔ファンや、選手の顔にしか興味がなくマナーの悪いカープ女子なども、調子に乗るにわかの代表的存在です。

そしてこのような調子に乗ったにわかファンが急増すると、全体の雰囲気というものがおかしくなっていきます。

例えばにわかオタクと呼ばれる人達が増えすぎた結果、ごく普通の人がオタクを名乗るようになってしまいました。

以前はオタクと言えばチェックのシャツにメガネというファッションのイケてない人ばかりでしたが、現在はイケメンで彼女持ちの自称オタクだらけになってしまったのです。

このようににわかが古参ファンの居場所やアイデンティティを奪うこともあるわけなんです。

これもにわかがうざい理由なのです。

にわかは悪なのか

にわかが悪かどうか疑問に思っている人は多いでしょう。

確かににわかはうざいですし嫌われている存在ですよね。

しかしそんなにわかですが、良い面ももちろんあるのです。

例えばワールドカップのときだけサッカーを見るにわかファンっていますよね。

普段からサッカーを見ている人にとっては何ともうざいですが、ワールドカップがきっかけでJリーグに興味を持つ人も一定数出てくるはずです。

日本のサッカー選手で有名な人はみんな海外に行きますし、Jリーグは地域に密着しすぎていて盛り上がりに欠けるところがあります。

なので少しでもサッカーファンが増えればJリーグにも活気が出てくる可能性もあるのです。

ある意味にわかを取り込むことは、サッカー界を盛り上げることに必要なことなのです。

そう考えるとにわかが増えるというのは必ずしも悪いことではないのかもしれません。

アニメや漫画もにわかファンが増えた結果、日本を代表するコンテンツに成長しましたよね。

今では政府もアニメや漫画を広めようとしていて、東京五輪でもアニメキャラを全面に押し出しています。

このようにコンテンツが続いていくためにはにわかファンの存在も必ず必要であり、にわかを排除しようという排他的な空気はコンテンツ衰退に繋がってしまいます。

なので本当のファンであれば、にわかをも歓迎して受け入れるくらいの広い心が必要なのかもしれません。